懐かしい日本の農漁村集落の風景を再び甦らせたい
のどかな朝があった。
母は米のとぎ汁を納屋の牛に飲ませる。少年の私は裏の畑の菜、ヒヨコ
草を集めてきて細かく刻んで鶏の餌をやる。産み落とされた卵を探す。
そのうちに朝餉の味噌汁の匂いがしてくる。
大きな甕から醤油の上澄み液を掬って母に渡す。すべて手作りだった。
いつしか懐かしい日本の農村の風景はなくなった。
米国の農家も変わった。遺伝子組み換えのキングコーンをアンモニアの
液肥を大量に振りまきながら大型のトラクターで耕作を続けている。
できたトウモロコシは不味くて、農家でも自分の作ったものを口にする
ことは無いと言う。
農業はおかしくなった。
今や、日本の農業は65歳以上の高齢者で61%も担っているというい
びつな形になった。
自給率は下がる一方で、世界の人口は急増、10億人の人が飢餓に苦し
み1日に2万5千人の人が飢えで亡くなっている。
すでに世界の食糧危機は現実のものになっている。
中国、インド、ブラジルの台頭で、日本はテレビや自動車を売って、安
い食糧は買えばいい貿易立国の時代は終わった。
日本も政権が交代した。
これから、内需を中心とした農漁林業にも配慮したバランスの取れた国
家を目指さなければならない。
若い人が新しく農漁林業に参入して食べていける世の中を。
そのための戸別所得補償制度に全力を尽くしたい。
懐かしい日本の農漁山村の集落風景を再び甦らせたい。
母が井戸水を水瓶でくみ上げてかまどでお米を炊いて飯の支度をする時代を懐かしみたいのはわかるが、共働きの女性が冬場に井戸水を水瓶で組んで、かまどで飯を炊いてたら毎朝4時に起きて飯の支度しなきゃならないのですが。
子供時代、卵を探していたらしいけど、戦前なんて家でとった卵は、風邪でもなければ自分で食べることはなく、10日に一度くらい巡ってくる町場の卵売りに売って、乏しい現金収入の足しにしてた時代でしょう。日本の卵は、唯一、内外価格差のない、超競争力のある生産品なんです。アホな感傷にひたったり、まったく生産性のあがらない農産物に補助金ばらまいて、鶏卵を潰す政策はホントやめてください。
手作り礼賛みたいだけど、日本の農業が、人糞と肥だめを使っていた時代、回虫の被害がひどくて、日本の農家の6割が回虫にやられていたって事まで忘れてしまったのか。人糞を肥料に使うと、回虫が野菜を通して伝染する可能性があるから危険だって事まで最近は忘れられている。有機肥料を家庭菜園で使うって時は、ここ注意。素人は化学肥料使いなさい。間違っても人糞とか生の牛糞とか豚糞とか鶏糞とか畑に使わないように。寄生虫のリスクがあるからね。
あと、アメリカの農業は多肥農業だけど、日本の農業ほど、単位面積あたりで大量の肥料、石油をつぎ込んでる農業はそうないんですけどね。それにアメリカのトウモロコシはほとんど飼料用だから不味くて当然だし。
化学肥料と石油を使わない農作物?戦前の農作物がそんなに安心だったとでも?というか、戦前からすでに日本の農業は多肥型の農業で、化学肥料ばんばん使ってたんですがね。そんなことも忘れてしまったのか。で、戦中から戦後にかけて「軍部が肥料の原料を火薬にしてしまう」という素敵統制経済をしてくれて、農産物の生産量ががた落ちして、日本人が飢えまくったことも忘れてしまったのか。
テレビや自動車は終わってるかもしれないが、中堅クラスの企業はまだ全然元気で世界的な競争力を未だに保持していることも忘れてしまったのか。
懐かしい日本の農村はいつの時代を指すのかわからないんだけど、戦前あたりの農家って、麦飯・野菜の漬け物・味噌汁がデフォで現金収入とか滅多になく、100円札が手に入ると神棚に祭るとかいうレベルだったんですが、そこまで農家に生活水準を落とせというのですか。
まぁ、そこまで日本人が生活水準落としてもいいというなら、実は何も問題ないんですけどね。
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